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和歌山地方裁判所妙寺支部 昭和44年(ワ)59号 判決 1971年12月16日

原告 鈴木肇

右訴訟代理人弁護士 谷野祐一

右同 下川好孝

被告 杉本政好

右訴訟代理人弁護士 鷹取重信

右同 家近正直

右同 出島侑章

右同 山崎武徳

主文

当裁判所昭和四四年(手ワ)第三六号事件について、当裁判所が昭和四四年一一月二一日にした手形判決をつぎのとおり変更する。

被告は、原告に対し、金二一七万八九八〇円および内金六七万七一〇〇円に対する昭和四四年七月一六日から、内金一五〇万一八八〇円に対する同年八月八日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、異議の前後を通じ、これを二分し、その一を原告の、その一を被告の各負担とする。

この判決は、主文第二項にかぎりかりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金四三五万七九六〇円および内金一三五万四二〇〇円に対する昭和四四年七月一六日から、内金三〇〇万三七六〇円に対する同年八月八日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、

請求の原因として、

「一 被告は、訴外戸田信義に対し、別紙目録記載(一)ないし(九)の約束手形を振り出した。

二 戸田は、右(一)ないし(六)の手形を岐阜信用金庫に、右(七)ないし(九)の手形を瀬戸信用金庫にそれぞれ裏書し、岐阜信用金庫は、右(一)ないし(六)の手形について、瀬戸信用金庫は、右(七)ないし(九)の手形について、それぞれ各手形の満期に支払場所に呈示したが、支払を拒絶された。

三 岐阜信用金庫は、右(一)ないし(六)の手形について、瀬戸信用金庫は、右(七)ないし(九)の手形について、それぞれ原告に対し期限後裏書をし、原告において現に右各手形を所持している。

四 原告が本件手形の裏書を受けた経緯は、つぎのとおりである。

1  戸田は、昭和四〇年一一月一七日瀬戸信用金庫との間で、金庫取引約定を結び、手形貸付、手形割引等一切の取引によって戸田が同信用金庫に負担する債務については右取引約定によって処理すべきことを約し、その利息、損害金、担保、期限の利益の喪失その他の特約をし、原告は、同日同金庫に対し戸田の右取引約定上の債務について連帯保証した。

2  戸田は、昭和四二年一月二七日岐阜信用金庫との間で右同旨の取引約定を結び、原告は、同日同信用金庫に対し右同旨の連帯保証をした。

3  しかして、戸田は、被告振出にかかる前記(一)ないし(六)の手形について岐阜信用金庫から、前記(七)ないし(九)の手形について瀬戸信用金庫からそれぞれ手形割引を受け、右各手形を右各信用金庫に裏書していたところ、右各手形が満期に不渡となった。

4  そこで、原告は、右各信用金庫から右各手形について前記約定にもとづく連帯保証人としての責任を追求され、昭和四四年七月一六日瀬戸信用金庫に対し右(七)ないし(九)の手形金を弁済し、同日その見返えりとして同信用金庫から右(七)ないし(九)の手形の裏書を受け、また、同年八月八日岐阜信用金庫に対し右(一)ないし(六)の手形金を弁済し、同日その見返えりとして同信用金庫から右(一)ないし(六)の手形の裏書を受けた。

五 よって、原告は、被告に対し、右手形金合計金四三五万七九六〇円および内金一三五万四二〇〇円(右(七)ないし(九)の手形金合計)に対する満期後である昭和四四年七月一六日から、内金三〇〇万三七六〇円(右(一)ないし(六)の手形金合計)に対する満期後である同年八月八日から支払ずみに至るまで年六分の割合による利息金の支払を求める。」と述べ、

抗弁に対して、

「一 抗弁一のうち訴外戸田信義が原告の実父であることは認めるが、その余の事実は否認する。

二 抗弁二の事実を否認する。

三 抗弁三のうち、1の事実は認めるが、2および3の事実は否認する。

四 原告は、戸田の子ではあるが、非嫡出子であり、戸田は、正妻の戸田ぬいと名古屋市北区光音寺町一の一〇四に居住しており、原告が戸田と同居したことはない。

原告は、昭和三六年から鈴木理化学工業所という商号でビニールひも等の製造販売の営業を経営しており、戸田は原告の営業と全然関係なく、原告も右事業開始後戸田の仕事に関与したことがない。

したがって、原告は、戸田の仕事の内容や経済状態を知らないのである。ただ、非嫡出子であるとはいえ父子関係はあるので、戸田に依頼され、戸田のために銀行保証をしたものにすぎない。原告は、当時戸田が被告と融通手形を交換していることすら知らなかったのである。」と述べ(た)。

証拠≪省略≫

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「請求原因事実を認める。」と述べ、

抗弁として、

「一 本件手形は、原告の実父訴外戸田信義の依頼により被告が戸田に対し振出した融通手形であるが、被告もまた戸田から各同額の約束手形を受取っている。そして、右手形の交換に当っては、被告と戸田との間において、たがいに相手方がその振出にかかる約束手形の支払をしないときには、これに対応する自己振出の手形の支払をしない旨の約定があった。ところが、原告は、右約定の存在を知り、かつ、戸田には資力がなく、戸田振出の手形が不渡になって被告に損害を与えるであろうことを知りながら、そのうえあえて不渡り後本件手形を取得したものであるから、かかる場合には、被告は、原告に対し、いわゆる悪意の抗弁をもって対抗できるものである。

二 右一の主張が失当としても、原告は、戸田が瀬戸信用金庫または岐阜信用金庫に本件手形を裏書する以前に、被告と戸田との間の右約定の存在を知り、かつ、戸田には資力がなく、不渡になって被告に損害を与えるであろうことを知っていたものである。にもかかわらず、原告は、戸田と共謀のうえ、右抗弁の切断をはかるため右事情に関し善意の右各信用金庫に割引かせたのである。そのため、被告が戸田に対し有していた抗弁は切断された。

その後、原告は、再度本件手形を取得したが、原告は、抗弁の切断に加担したものであるから、このような場合、原告が本件手形の権利行使をすることは、信義則上許されない。

三1 右二の主張が失当としても、原告が本件手形の裏書を受けたのは、原告主張の請求原因四のとおり、原告が右各信用金庫に対する戸田の債務について連帯保証していたところ、右各信用金庫からその責任を追求されて手形を支払い、その見返えりとして右各信用金庫から裏書を受けたものである。

2 一方、被告は、戸田に対し融通手形として本件手形を振出していたものであるところ、これは、戸田が右各信用金庫から融通を受けるためであるから、被告は、実質的には、右各信用金庫に対する連帯保証人であるといえる。しかも、被告と戸田との間では右手形についての決済は戸田が行い、被告には負担をかけない旨の特約があったから、被告には連帯保証人としての負担部分がない。

したがって、原告の被告に対してする本件手形金の請求は、実質的には、他の連帯保証人に対する求償権の行使であるところ、原告は、本件手形が融通手形であること、および、被告の負担部分がないことを知っていたものであるから、求償権行使の実質を有する本件手形金の請求は失当である。

3  かりにそうでないとしても、原、被告は、共同保証人の地位にあり、その負担部分は原則として平等である。本件手形金請求は、実質的には、債務を履行した連帯保証人である原告が共同保証人である被告に対してする求償権の行使であるから、この行使は、原告が支払った金額の一部にとどめられるべきである。」と述べ(た)。

証拠≪省略≫

理由

一  請求原因事実は、いずれも当事者間に争いない。

二  抗弁一(悪意の抗弁)について。

右争いのない事実に、≪証拠省略≫によれば、(1)、被告は、訴外戸田信義の依頼により、かねて、戸田に対し、戸田が第三者から金融を受ける際に担保として利用させるために、いわゆる融通手形を振出し、これに対する見返えりとして、戸田から、金額および満期を同じくした手形の振出を受けていたこと、(2)、本件手形は、被告が戸田に融通した手形の一部であり、その見返手形も発行されていたこと、(3)、戸田は、本件手形を利用して瀬戸信用金庫または岐阜信用金庫から資金の融通を受け、本件手形を右各信用金庫に裏書したものであること、(4)、しかし、被告および戸田に支払能力がなくなったので、被告振出の本件手形はいずれも満期に呈示されたのに支払われず、戸田振出の見返手形も一部満期に呈示された分は支払われず、呈示されていない分も支払われる見込みがないこと、(5)、ところで、原告は、戸田の右各信用金庫に対する(本件手形およびその原因関係上の)債務について連帯保証していたので、右各信用金庫から責任を追求されて手形金の全額を支払い、その見返えりとして右各信用金庫から本件手形の裏書を受けたこと、(6)、右裏書を受けた時点において、原告が本件手形が融通手形であることおよびこれに対応している戸田振出の見返手形が支払われておらず、将来も支払の見込がないことを知っていたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、右各信用金庫が融通手形である本件手形上の適法の権利者であったことは、いうまでもなく、原告が右各信用金庫から保証責任を追求された際、右手形が融通手形で見返手形の決済の見込がないことを知っていても、右保証債務の履行を拒絶できないのであるから、その履行を求められて、弁済をしたからといって、これを非とすることができないことは、いうまでもない。したがって、右弁済の見返えりとしてされた原告の本件手形の取得にはなんの違法、不当の点を見出しえないのであって、被告の主張のいわゆる悪意の抗弁は、失当といわなければならない。

三  抗弁二(信義則違反)について。

しかしながら、原告が、戸田から前記各信用金庫に対する裏書の前に、被告主張のような事情を知っていたことを認めるに足りる証拠はなく、人的抗弁切断をはかるため戸田と共謀のうえ右各信用金庫に裏書したことを認めるに足りる証拠もないから、被告の信義則違反の主張は採用できない。

四  抗弁三(求償権の範囲)について。

1  前記二で認定した事実によれば、被告は、戸田に対し、自己の信用を供与するため融通手形として本件手形を振出したものであり、戸田は、右融通手形を利用して前記各信用金庫から融資を受けたというのである。

右のような融通手形の授受がされた場合の融通者と被融通者との関係は、特段の事情がないかぎり、たんに、融通者が自己の信用を被融通者に供与して第三者からの金融を得ることを容易ならしめることを目的とするものであって、融通者が被融通者に原因関係上の債務を負担するものではなく、被融通者が右手形を利用して第三者から金融をえた場合の手形決済は、融通者と第三者との間においては、融通者が支払うべきものであるが、融通者と被融通者との間においては、被融通者において負担すべきものである。したがって、融通者は被融通者に対する保証人としての実質を有するものと認めるのが相当である。

2  一方、前記二で認定した事実によれば、原告は、戸田の前記各信用金庫に対する本件手形およびその原因関係上の債務について、連帯保証していたものであり、右保証債務を履行した結果、右各信用金庫から本件手形の裏書を受けたというのである。

3  このように、原告は、戸田の保証人であり、被告もまたその保証人としての実質を有するのであるから、原、被告の関係は、保証人が複数存在する場合を類推して考えるのが相当である。かくして、本訴において、原告は、被告に対し、本件手形上の権利を行使しているのであるが、その実質的関係は、全額の弁済をした共同保証人の一人が他の共同保証人に対してする求償関係とみることができる。その求償権の範囲は、民法第四六五条に規定するところであるので、まず、共同保証人の分別の利益についてみるに、原告は連帯保証人であるから、これを有しないことが明らかであり、一方、被告も、本件手形の振出人として手形金額全額の支払義務を負担するものであるから、分別の利益を有しないということができる。つぎに、共同保証人としての原、被告間の負担部分についてみるに、原告は、戸田の子であるとはいえ、本件債務についてなんらかの経済的利益を取得していることをうかがわせる資料なく、通常の保証人以上の関係があるとは認めがたく、被告は、前叙のとおり本件融通手形の見返手形の支払を受けていないものであるから、原告と被告の負担部分に差異を認めることができず、双方平等とするのが相当である。

前記民法の規定に従えば、このような場合、原告は、被告に対して、原告が支払った手形金の全額の半分およびこれに対する右支払日以降の民法所定の年五分の利息金の求償権を有するにとどまり、右支払金全額の求償権を有しないことが明らかである。

なお、被告は、戸田(主たる債務者)と被告(共同保証人の一人)との間では被告に負担部分がないことを前提として、原告(共同保証人の一人)は、被告に対し求償権を有しないと主張する。たしかに、本件において、戸田と被告との関係において被告に負担部分がないことは、前叙のところから明らかであるが、前叙のところに従えば、戸田と原告との関係においても原告に負担部分があるとはいえないのである。このような場合、原告が被告に求償権を有することは前記民法の規定上明らかであり、その範囲も同規定が定めているところである。したがって、被告のこの点の主張は採用できない。

4  そうすると、原告は、被告に対し、形式的には、本件手形金全額およびこれに対する満期以降の年六分の利息金の請求権を有する手形上の権利者であるが、実質的には、右手形金の半額およびこれに対する右支払日以降の年五分の利息金の請求権を有するにすぎないといいうるのである。このような場合は、右実質上の権利を超える部分について請求権を行使する経済的利益を有しないものというべく、この部分について手形上の権利を行使することは許されないと解するのが相当である。

五(結論)以上述べたところに従えば、原告の本訴請求は、(一)ないし(九)の手形金の半額である金二一七万八九八〇円および(七)ないし(九)の手形金の半額に相当する内金六七万七一〇〇円に対する満期後で原告が瀬戸信用金庫に(七)ないし(九)の手形金を支払った日である昭和四四年七月一六日から、(一)ないし(六)の手形金の半額に相当する内金一五〇万円に対する満期後で原告が岐阜信用金庫に(一)ないし(六)の手形金を支払った日である同年八月八日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で正当であり、その余は失当として棄却すべきである。そうすると、これと異なる手形判決を変更すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川口冨男)

<以下省略>

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